恩を忘れやがって、と言うものの、、、。

ふと思い出したことを書くと。
「恩を忘れて」という言葉をよく言う人がいました。

それは、自分が社会人になって数年間で一緒に仕事をした先輩です。
その人は、今になってはしきりに「恩を忘れて」ということを自分に言ってくるわけですね。

不思議なことに、一人前になった自分の今の環境の中では、そうやって妙な「恩」を売ってくる人間はいません。



恩というのは、なんだか厚かましい存在だなと思うわけですね。
その人に対して自分が恩を感じているのかと言われれば、正直ないんです。
でも、その人は「恩」があるようで、しきりに「恩」を忘れたことに持ち出す。

自分も年をとったので物忘れが激しくなって、恩をど忘れしてしまったのかもしれない。


なんてことは1mmも思いませんけども。

恩というか、それは職務上必要だったことであって、先輩が自分に対して何かをやってくれたかもしれない。
でも、自分も先輩に対して多くのことをやってあげたわけです。
そのことに対して、自分も「恩」を主張してもいいのですが、

どうにも文脈が合いません。




「恩」って上下関係があって、上の者が下のものに一方的に貸し付ける「有利子負債」なのかもしれません。
それを自分は社会人になりたてで、よくわからないから相当に押し売りをされていたようです。


恩ではないにしろ、仕事でとんでもないミスを犯して、上司にばれないように「なんとかもみ消して欲しい」と先輩にもしも言ったとしたら、きっと「恩」を感じていたかもしれません。
その場合、むしろ「これは貸しだ!」と言われて、「その貸しを今返せ」と言われる方がいいですね。

貸しの場合は「貸しは返した!」といえるので楽ですよね。でも、、、恩って「恩をキチンと返した!」って言えない性質のような気がします。
そう考えると、「恩」というのは、いくら返しても終わることのない消費者金融の借金のような存在かも。
アディーレなどの法律家に相談したほうがいいかもしれませんね。


というつまらないことを考えるわけですが、そんなつまらないことを愚痴愚痴言っているから、その先輩自体の評価を落として、後輩から蔑まされるようになるんですけども。
恩なんてものは、先輩が勝手に感じているように、受けたほうがそれを「恩」だと感じるかどうかだと思うんですよね。

何かをやってやったから「恩」があるのではなくて、受け手が主体的に感じるから存在するもの。




それをわからずに「恩」という存在を信じてやまない先輩。
やっぱり、恩を盾にするってのは人間として小さいなと感じるこの頃。

だから、今、関わっている人たちは「恩」なんて言葉を一切使わないんだろうな。